コーラスが繋いだ35年(5)      最終回
響け! 復活のハーモニー
関東支部 小川(勝)さん 
 




昨年(2020年)3月15日にフォーレ・レクイエムを歌うことになり、前年秋から週一回の練習に参加していた。本番間近の2月末になって、コロナ禍のため残りの練習と本番を中止するとの連絡が入った。練習は終盤で、あとはソリストとオケとの合わせで大丈夫という域に達していた。

コロナ禍がこんなに続くとは思っていなかったし、まあ2~3か月もすれば再開できるだろう、延びても秋にはステージで歌えるだろうと気楽に考えていたが、甘かった。主催者もいろいろ延期開催を模索していたようであるが遂に諦めて完全中止、チケット払い戻しや参加費の清算を行った。あれから1年以上にわたって、“歌を忘れた”のではなく“歌に見捨てられたカナリヤ”状態が続いている。 
 
 2020年の漢字”密”を報じる新聞記事
(「朝日新聞」 2020.12.15)

合唱は前後左右の仲間たちの声を聴き、息遣いを感じ、出来れば表情も察しながらハーモニーを作っていくもの、と信じてきた。「他人の唾が飛んでくることなど気にするな!」と豪気に仰る指揮者さえいらっしゃる。合唱にとっては“密こそ命”なのである。ソーシャルディスタンスをとり、マスクをして、更に隣とシールドで仕切られたら、個人個人が勝手に格闘するだけになってコーラスは成り立たない。

コロナ禍が騒がれてから、プロ、アマを問わず合唱団ではいろんな試みがなされている。ハミングだけのコーラス、飛沫が飛ばないよう大型のマスクを工夫、距離を開けた練習、小グループに分けた分散練習、リモート練習などなど、涙ぐましい努力が耳に入る。しかし「三密回避」の努力をすればするほど、合唱の本質、醍醐味から遠くなっていく。

密の最たるもの 「習志野第九公演」 合唱団300人超
(習志野文化ホール 2016.12.18)

考えてみるに、赤ちゃんが生まれて、母親の子守歌をきき、あやされ、叱られ、笑い合う。その行為こそが、人と人が寄り添い、肩を寄せ合い、思いを共にする絆の根本であり、それこそが、音楽や芸術の、つまり文化の原点ではないか、と思うのである。『音楽の危機』の著書がある岡田暁生氏は、「肩を寄せ合ってひと時を過ごす濃厚な場所こそが文化の土壌となる。文化の最も肥沃な土壌の場所が、よりによって衛生学的に最も感染リスクの高い三密空間となってしまった。」と看破され、「文化をとるか、衛生をとるか?という二択の前に立たされてしまった」と指摘される。

コロナ騒動以来、文化やスポーツ活動はおしなべて“不要不急”のレッテルを貼られてしまった。しかし“寄り添う”という人間の本性が文化の根源であるなら、不要不急のレッテルは似合わない。ただ、衛生学的にお手あげ状態だから不本意ながら自粛に耐えている、というのが現状である。

今年2月、久しぶりにコンサートに出かけた。東京・江戸川区の300人ほどの小さなホールで、客席は一人置きに座り、それも空席が多かったから聴衆は100人位であったろうか。ソプラノ、バリトン、ピアニストの3人だけのコンサートであったが、久しぶりに聴く生演奏は心が豊かになる思いだった。いまどきはCDやDVDなどによりコンサートに足を運ばなくても素晴らしい名演奏に接することは充分可能である。しかしそれはあくまで代行である。演奏者がいて、聴衆に囲まれて、ホールいっぱいに音があふれて、それが豊かな音楽の世界であり、録音メディアはあくまでそれを補完するものに過ぎない、と信じたい。

 
MSE最後のコンサート
(社友会OB美術展 2019.12.14) 

合唱を始めたのは高校1年のとき。合唱コンクール長野県大会(高校の部)で優勝したのが合唱にはまるきっかけになった。以来70年近く、高校、大学そして一般合唱団と、中断もあったが何とか歌い継いで来た。それぞれの場で、素晴らしい先生や仲間たちに出会い多くの思い出を残せたが、中でも後半の35年、昭和シェル/MSEで歌えたことは私の宝物である。

関係会社も含めて様々な仕事の分野から、年齢もまちまちな合唱好きが集まり、楽しいハーモニーを作ってくれた。一般合唱団に比べればメンバーに関する情報量が多く、よく知った仲、家族に近いような付き合いでの合唱活動が出来、それだけに心安く、気持ちよく歌えたのではないかと、職場合唱団の 利点を考えている。遠方への転勤や退職で去った人なども含め、この35年間で在籍した方は40~50名はいらっしゃる。残念ながら既に鬼籍に入られた方も居られる。それぞれの思い出を大切に、これからもコーラスと係わっていきたいと思っている。

コロナ感染に関する「緊急事態宣言」は1都3県で3月21日に解除されたが、感染者は減少せず、変異種の拡大も明らかになっている。リバウンド、第4波が懸念され、いち早く大阪などで、そして追いかけるように東京でも「まん延防止重点措置」が取られることになった。自粛要請は継続され、合唱活動などが以前の日常に戻る見通しは全く立っていない。それでもいつものように桜は咲いて気忙しく散って、間もなく新緑の季節を迎える。歌う虫もとうに目覚めている。いつまでも籠っていないで、待たれる“復活”に備えて動きなさい!と催促する声が聞える。

まずはMSアンサンブルの仲間たちの交流復活である。2019年暮れに休部宣言をしたことは以前に申し上げた。これからの活動を模索し始めた時にコロナ禍で棚上げになったままである。とにかく集まること、そして身分相応の合唱とのかかわりを探したい。


サクラに誘われて
(MSEのみなさん、新宿御苑にて花見 2013.3.27)

昨年(2020年)はベートーヴェンの生誕250年という記念すべき年であった。毎年参加する12月の習志野第九公演では、2020年はいち早く中止を決定、今年(2021)の12月に延ばされた。そこでは、生誕250年記念のリベンジ第九になるか、はたまたコロナ犠牲者に対するレクイエムになるかもしれない。ただし、夏過ぎて練習が始められるならば、という話。

体力の衰えを日に日に感ずるこの頃ではあるが、ステージに立てる間は歌い続けたい。その意気込みだけは失わずに、本当の“春”を待ち望んでいる。そして、高らかに復活のハーモニーが響くことを!!

以上長々とわがコーラス人生を書かせていただきました。拙い文章にお付き合いいただきました皆さまに感謝申し上げます

連載に当り社友会HP委員長・市川さんに多大のご面倒をお掛けしました。紙面をお借りしてお礼申し上げます。

(2021年4月15日)